中庸はすこやか、すこやかは心地よい

理由はわからないが、学生時代から過剰なものに惹かれていた。特に高校野球児とか、孤高の職人とか、はてまた仕事人間とか。全てを投げ打ってこれにかけてますっていう人をかっこいいと思っていた。

 

今もそれは変わらないが、でも人生を通して『全てを投げ打ってこれにかける』っていうのは無理だとある時気がついた。だって人生かける何かに出会えたなら、それが長続きするように健康でいなければならないし、投げ打っている期間サポートしてくれる人が必要だ。

 

高校野球児にはマネージャーは必要だし、健康的な料理を作ってくれる人が必要。

 

一生過剰ではいられないし、過剰な期間は誰かに過剰さを補ってもらう必要がある。

 

もし、私が仕事ばかり過剰に行ってしまえば、娘は誰かに託さない限り生きていけないだろう。当の私も不健康な食生活、運動不足、今はよくても先に健康問題が発生するであろう。

 

仕事と生活

男と女

ケミカルとナチュラ

 

人生という長いスパンや、地球という大きな空間で見ると、トータルでバランスが大切である気がする。

 

今、マクロビオティック家庭料理を習っている。マクロビには、外へ広がろうとするエネルギーを「陰」、逆に内へ縮もうとするエネルギーを「陽」とするものの見方がベースになっている。

 

暑い時は服を脱ぐ、寒い時は服を着る。それぞれ陰と陽の動作だ。同様に暑い時には夏野菜が欲しくなるし、暑い時には根菜が欲しくなる。野菜にも陰陽ある。

 

どちらかに偏りすぎると病気になってしまう。だから陰陽のバランスをとって中庸でいられるようにする。中庸はすこやかということだ。だから、「マクロビオティックイコール菜食主義」ではない。

 

自分だけでなく、子どもの健康に責任のある私は、食べ物の見方に一定の「見方」をもつことを欲していた。添加物を控えるのはもちろん、学生時代に習った栄養学も思い出しながら、なんとなく日々の献立を考え作っていたけれど、パンやうどん大好きな娘を前にどの程度それを与えていいものか、加減を自分の中に持ちたかった。あとは食べ合わせや無駄にしない野菜の切り方とか。

 

今回お世話になっているリマナチュラルクッキングスクールの先生は、栄養学の知見もあり、有機食品のショップも持っている先生なので『マクロビ・栄養学・食品選び』という3つの要素を学べて本当にありがたい。

 

食生活では日々中庸を。ワークライフバランスに関しては仕事を思いっきりする時期もあれば子育てなどライフ寄りになる時期もある。だから人生トータルで中庸を。

 

そうすればすこやかで心地よい人生になるのでは、と思う。

 

マクロビ料理

今週のマクロビ料理はこれでした。(玄米ご飯2種・けんちん汁・蓮根ハンバーグ・葱味噌・大根と大根葉のマリネ)地味だけど、美味しい。。。